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第163話 単独行動

Author: marimo
last update publish date: 2026-11-03 20:53:42

 夜の帳が下りた頃、都内の雑居ビルの一角だけが、異質な気配を放っていた。

 ネオンの切れかけた看板。

 エレベーターは古く、上昇するたびに鈍い軋みを上げる。

 七階で扉が開くと、薄暗い廊下の突き当たりに、黒いガラス扉が見えた。

 ——SCOPE。

 小さなロゴの下に、控えめに書かれた社名。

 「芸能リサーチ」とあるが、その実態を正確に説明できる者は少ない。

 雪城沙羅は迷いなく扉を押した。

 中は意外なほど整然としていた。

 壁一面に並ぶモニター。

 複数の映像が映し出されている。

 張り込み映像。

 タレントの出入り。

 高級マンションのエントランス。

 誰かの日常を切り取り、誰かの弱みを探し、誰かの人生を金に換える。

 すべてが“商品”だった。

「いらっしゃいませ」

 現れたのは四十代半ばほどの男。

 柔らかな物腰だが、目だけが笑っていない。

「代表の真鍋です」

 沙羅は軽く頷いた。

 ここへ来ることに、もう迷いはなかった。

 久遠ひかるを潰す。

 そのためなら、何を使ってもいい。

 そう思っていた。

 なぜなら、ひかるは自分の前に立ちはだかる“光”だからだ。

 自分より評価され
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     夜の帳が下りた頃、都内の雑居ビルの一角だけが、異質な気配を放っていた。 ネオンの切れかけた看板。 エレベーターは古く、上昇するたびに鈍い軋みを上げる。 七階で扉が開くと、薄暗い廊下の突き当たりに、黒いガラス扉が見えた。 ——SCOPE。 小さなロゴの下に、控えめに書かれた社名。 「芸能リサーチ」とあるが、その実態を正確に説明できる者は少ない。 雪城沙羅は迷いなく扉を押した。 中は意外なほど整然としていた。 壁一面に並ぶモニター。 複数の映像が映し出されている。 張り込み映像。 タレントの出入り。 高級マンションのエントランス。 誰かの日常を切り取り、誰かの弱みを探し、誰かの人生を金に換える。 すべてが“商品”だった。「いらっしゃいませ」 現れたのは四十代半ばほどの男。 柔らかな物腰だが、目だけが笑っていない。「代表の真鍋です」 沙羅は軽く頷いた。 ここへ来ることに、もう迷いはなかった。 久遠ひかるを潰す。 そのためなら、何を使ってもいい。 そう思っていた。 なぜなら、ひかるは自分の前に立ちはだかる“光”だからだ。 自分より評価される。 自分より愛される。 そして何より——藤崎優の心に入り込んでいる。 それが、許せなかった。「単刀直入に言うわ。スキャンダルって、作れる?」 真鍋の眉がわずかに動く。「対象次第ですが」「人気女優よ。今、上り調子の」「恋人は?」「いないはずよ」 そう、まだ、優とはそういう関係にはなっていないはずだ。 沙羅は、その事実にほんの少しだけ安心していた。 もし二人が正式に結ばれていたら、もっと厄介だった。 けれど、今ならまだ間に合う。 真鍋は微笑んだ。「なら、作りやすい」 その言葉に、沙羅の胸がわずかに高鳴る。 ——作れる。 その一言が、甘い誘惑のように響いた。 犯罪ではない。 ただの“演出”。 芸能界では珍しくもない話だ。 ——これは戦い。仕事。排除。 そう、自分に言い聞かせる。 本当は分かっていた。 自分がやろうとしていることが、人ひとりの人生を壊しかねないことくらい。 だが、分かっていても止まれない。 むしろ、壊れるのは相手なのだから、自分には関係ない。 そう思い込むことで、沙羅は自分の中にある醜さから目を逸らした。「具体的には?

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    次の瞬間、頬に衝撃が走った。「口答えするな!!」視界が揺れ、体が傾く。床へ倒れ込んだ拍子に、テーブルの脚へ肩をぶつけた。鈍い痛みが走る。けれど俊哉は、そんなこと気にも留めなかった。「お前さ、最近調子乗ってるよな?」「誰のおかげで生活できてると思ってんだよ」怒鳴り声が、耳の奥で反響する。昔は、こんな人じゃなかった。少なくとも、ひかるはそう信じていた。仕事で失敗して落ち込んでいた夜、「お前がいてくれるだけでいい」そう言ってくれた男だった。雨の日、傘を差しながら、「風邪引くなよ」と肩を抱いてくれた人だった。でも。その優しさは、いつの間にか消えていた。倒れかけた

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    ――彼に殴られたのは、これが初めてではなかった。けれど、「愛している女がいる」と、はっきり言葉にされたのは、今日が初めてだった。頬の奥が熱い。殴られた衝撃で耳鳴りがしているのに、不思議と痛みは遠かった。ただ、胸の奥だけが、じわじわと冷えていく。床に座り込んだ私を、婚約者であるはずの、黒崎俊哉(くろきしゅんや)は見下ろしていた。そこにあるのは怒りでも、罪悪感でもない。ただ、鬱陶しそうな視線。まるで、自分の生活を邪魔する“何か”を見るような目だった。「なあ、いつまでそんな顔してるつもりだ?」低く、冷たい声。まるで、床に落ちたゴミに話しかけるようだった。ひかるは答えられな

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    夜のリビングには、古い映画の音だけが流れていた。白黒に近い色調の、恋人同士が静かに抱き合うシーン。窓の外では、雨がまだ降っている。時折、車の走る音が濡れた道路を滑っていった。部屋の照明は落とされ、テレビの光だけが、ぼんやりと室内を照らしている。そのソファには、二人がいた。黒崎俊哉と、相沢玲奈。玲奈は俊哉の膝の上に横向きに座り、腕を首に回しながら、指先で彼のシャツの胸元をなぞっている。まるで、自分だけが愛されていると確認するように。俊哉の手は、彼女の背中から腰へ、ためらいもなく滑っていた。二人の距離は近すぎて、見てはいけないものを見ている気分になる。「この映画、好きな

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